「植物に導かれて」

晴れて料理修行先(と言っても有料の)が決まり、

 

 

ご馳走になったうさぎの煮込みの昼食も大満足。

 

夕ご飯の支度までしばらくあるので部屋で休ませてもらう事になった。

 

この日はお客としてゲストルームをあてがわれる。

 

素朴だがなかなか素敵な部屋だ。

 

 

農家民宿といっても3階建てのお屋敷なのだ。

 

そのゲストルームは最上階の一番いいお部屋。

出窓を開けると一面に畑が広がっている。

 

ここプーリア州のカステラーナという街は

 

山のないまっさらな平野だ。

 

 

どこまでも続く畑はいったいなんの畑なんだろう?

長旅の疲れもありそこそこに昼寝を始める。気づくとあっという間に夕方だ。

といってもイタリアはサマータイムを導入しているので夕方5時でもまだまだ真昼間のようだ。

下の台所に降りていくとすでに夕食の準備が始まっていた。

 

おっかさんはすでに夕飯の準備を始めている。

何人かいた使用人がおっかさんのことをシニョーラ(奥さん)と呼んでいるのを聞き、

 

 

そうか、名前のニーナ、でなくシニョーラか。

使用人のようなものになるんだからわたしも奥さん、と呼ばなきゃ。

 

シニョーラはガスに所狭しと並んだ鍋をあれこれと調理している。

 

私は忙しい中、邪魔にならぬように見ていることにする。

 

するといきなり“レイコ!にんじんの皮むいて!”と大声で指示が飛ぶ。

 

 

私は鍋に入って蒸されたにんじんを山のように渡され皮むきだ。

 

よくみるとチンケなにんじん。

こんなの日本では見たことがない!

 

細くって短くて市場じゃC級品でしょ、

とぶつぶつ言いながら皮むきをはじめる。

 

ここでの初仕事だ。

 

やわらか~く、よーく蒸されたにんじんの皮をむくのは

 

なかなか難しくすぐ折れてしまう。

 

ちょっとこの折れたの味見・・・・

と勝手に折れたにんじんをつまむと・・・・

 

今まで味わった事のないようなにんじんの味だ!

 

超ド級でうまい!

 

にんじん臭さがなくおいしいエキスだけが残ったにんじんの甘露煮のよう。

昼間にもらったスモモもそうだが自家製の果物、野菜の質はとびっきりよさそうだ。

これからの料理修行が楽しみで胸が高鳴ってくる。

感激しながらつまみ食いしつつ辺りを見回すと

 

シニョーラが色々な鍋の味付けをしている。

三枚目系のおばちゃんだが真剣になるとそのまなざしは怖いくらいだ。

 

そこらの鍋にワインの緑黒色のビンに入った液体をドバドバ入れている。

いったいあの液体は何だろう?赤ワインかな?

 

ドクドクドク、と人なべに3秒は流し入れている。

 

聞くと“オーリオ”というではないか。

 

オーリオとは油の事だがイタリアではオーリオと言えばオリーブオイルのことだ。

ひゃ~~~あんなにオリーブオイルをじゃぶじゃぶ入れちゃったら油っぽくて食べられたもんじゃ

あないじゃない!

 

と心の中で叫ぶ。

 

(目が点、うっそーーー、フリーズしましたよワタクシ)

 

それほど大量にシニョーラはオリーブオイルを入れていた。

 

日本人の常識からはまったくかけ離れた量と思っていただきたい。

 

私は見ただけで喉から胸が一杯になり食欲も失せる。

 

にんじんやその他の素材は素晴らしいのに、

オリーブオイルで台無しだ!とがっかりする。

さっき、にんじんで感激したからなおさらショックだ。

 

オリーブオイルについての印象は、

過去の経験からまずくてくさい食用油、と

私は思っていたし、

 

またシニョーラが瓶から注ぐオリーブオイルの色の濃さと粘性の濃さと強さは

その悪い印象にさらに拍車をかけた。

シニョーラが、

 

“レイコは今日一日だけはお客さんとしてみんなと一緒にご飯食べなさい”といってくれた。

 

真夏の夜9時位から食事が始まったのにも驚くが

外に長テーブルが出され皆一斉に食事が始まる。

 

宿泊客がそれぞれ部屋から集まり、

 

この農家民宿の家族と一緒にご飯を食べる。

 

アンティパスト(前菜)は覚えていないが、

プリモピアット(第一の皿)にレンズマメのスープが出てくる。

 

あ~ドバドバオリーブオイル入れてたやつだ、と恐る恐る口にする。

 

一口食べるとびっくり!素晴らしい味付けなのだ。

 

 

中に肉やあらかじめとった出し汁などは一切入っていない。

この目で見てたもん。

レンズマメと少量のにんじん、玉ねぎ、トマトのみのしゃばしゃばのシンプルスープだ。

 

“一体これは・・・・・!!!”

 

信じられなかった。

 

 

調理過程と出来上がりが私の想像していたものとはかけ離れた味だ!

カルチャーショック!

 

一瞬、我を失っていた。

 

 

次号に続く