この世になくていい野菜

サルデーニャと言えば、

 

イタリア人にも人気のリゾート・アイランドだ。

 

そのかけらも感じとれない民宿に着いたわけだが、

 

私は民宿の仕事の一つ一つを覚え、

サルデーニャ料理を学ぶために一生懸命指示に従い働いた。

 

 

お母さんのアンジェラにベッドメイキングの仕方を教わり、

(そういえば、今までの民宿ではそれの担当者がいて、わたしは料理補助と掃除、畑のお手伝いぐらいだった)

 

はじめてイタリア人のベットのしつらえの仕方とその道理を理解した。

 

日本の(敷)布団とシーツそして枕カバーまでは、まあ一緒だが、

 

掛け布団の概念がちと違う。

 

 

夏なので、なおさらだったが、

イタリア(たぶん西洋ではみな)では敷布団(というかマットレス)用とは別に、

シーツをもう一枚使用する。

 

そのもう一枚のシーツは上掛けの布団用だ。

 

人は、シーツとシーツの間に寝るようになる。

 

え?わかります?

 

 

上掛けの布団が汚れないようにする画期的な方法だ、と感心した。

 

しかし夏は暑いので、

上掛けは基本シーツだけ。

 

このベッドメイキングの仕方、はなるほど~と思わせる

一つの西洋文化を知ることが出来た。

 

 

当たり前だが冬もそのやり方は変わらず、

シーツとシーツの間に身体をいれ、

冬はシーツがダイレクトに身体に触れ、冷たくて困る。

 

 

またイタリアのベットはツインベットというのはほとんどなく、

たいていがダブルベットを使用する。

 

一人でもダブル、

二人もダブル、

 

女二人旅、なんてあまりしないようで(その当時は)

ダブルに夫婦で一緒に寝るのが当たり前です!

 

夫婦がツインはあり得ません。

 

 

そんなんでダブルベットがでかくて、

メイキングは汗だく。

 

 

マットレスが大きいので、一人では難しく、

アンジェラ、またはサンドロと一緒に組んで

 

ベッドメイキングをする。

 

 

そして掃除なのだが、

 

イタリアの家は石の家しかも

靴のまま家に入るので、

 

床掃除というのが一苦労だ。

 

 

掃除機の後はモップで水拭きが当たり前。

それらはさすがにお掃除をしに来る人がいたな~

 

床掃除だけ近所のおばさんが掃除に来てくれていた。

素人には無理、というか体力がいる。

 

一つ一つ、

今まで他の民宿や家でぼんやりと見ていたことも、

 

 

だんだん小慣れてきて、

 

どのように、どういう人が、それらの仕事をするのか、

分かってきたし興味も出てきた。

 

そして一番の驚きはアイロンがけだ。

 

そんなものにまで!とアイロンをかける。

パンツやシャツ、下着にまでするのには閉口だ。

 

忙しい忙しい、やることいっぱい、と

アンジェラお母さんは言うが、

 

あの~そのアイロンがけやめてみたらいかがでしょうか?

 

と提案したら、

両手を上げてそれはありえん、とジェスチャーで

答えられた。

 

 

パンツやシャツにまできれいにアイロンで折り目をつけ、

きれ~に折りたたんでタンスにしまう。

 

それが、生きがいなんでしょうね~

 

イタリアの母たち!

 

 

これにはあきれた。

 

 

箸じゃなくってナイフとフォークに始まり、

生活様式というのが日本とちょっと違う、が

 

だんだん隅々までわかってきた。

 

 

そして料理もしかり。

 

サルデーニャ島に来たのだから、

そのサルデーニャ料理はいったいどんなものか?

 

ワクワクで来たのだが、料理担当のお父さんアンジェロは

シチリア人というではないか!

 

聞いたときにはがっくりだったが、

基本自家栽培の野菜をふんだんに使い、

サルデーニャ&シチリア料理の野菜中心の

素朴な料理がほとんどだった。

 

 

そして私がイタリアで生活して一番驚いた料理があり、

現在でもそのエピソードを料理教室で語るのは、

 

この民宿での思い出と出来事だ。

 

 

民宿にも慣れてきたころ、

長男が教会の菜園でつくったというズッキーニを家に持ち込んだ。

 

 

ズッキーニというから、

緑色の例の長細いものと思ったが、

 

それが違った。

 

 

へちまほどの大きさの(直径10㎝以上はあった)

長さは30㎝以上ある巨大ズッキーニだ。

 

納戸に運び込んでいる。

冷蔵庫にはもちろん入りきらないし、

 

え?納戸に運ぶ?置く?

 

あっけにとられていると、

何個も何個も運び込んでいる。

 

色は少し黄みがかったズッキーニには見えない代物だ。

 

 

ふ~んズッキーニねえ。

 

 

この時まで私は、

ズッキーニという野菜に全く興味なく、

 

その存在感の薄さ、

料理するとなんだかわけがわからない味になり、

さらに存在感が無くなる。

 

もしかして、ズッキーニは、この世になくていいんじゃないか?

とも思っていた。

 

それぐらいの代物た。

 

 

そしてお父さんのアンジェロは早速その日の夕餉に

その大きなズッキーニを1個納戸から持ってきて、

 

ぶっつんぶっつん、大き目の太めのひょうし切りに切っていく。

 

全部切り終えると、

山のようなズッキーニのひょうし切りができた。

 

ズッキーニをまずこのように切るのもびっくりだが、

 

 

こんなに山のようなズッキーニをどう料理するんだ?

横目で見て、アンジェロにどうするの?と聞くと

 

アンジェロは笑いながら何も答えようとしない。

 

 

アンジェロは、大鍋にそのズッキーニを全部放り込み、

にんにくの潰したのを2~3個入れ、

 

上から1リットル入りの黒色瓶に入った自家製オリーブオイルを

とっくとっくと注ぎ込み、

 

塩をどばっ、

 

そして火をつけた。

 

 

木べらでかき混ぜ、少ししたら蓋をして弱火にして終わりだ。

 

 

この後、どうするんだべ?と

 

肉でも入れるのか?なんて思っていたが、

 

 

アンジェロはたまにふたを開けて木べらでかき混ぜるだけで、

後はなにも加えない。

 

そしてかなりの時間煮ていた。

まだ?まだ?

 

 

私は気になって『ねえ、これ、これからどうするの?』と聞くと

アンジェロ、また何も返事せず笑うだけだ。

 

 

そして30分以上は煮ただろうか、

 

出来た、といって蓋をとり、なにも加えずひかず、

出来上がったというではないか。

 

わたし、『は?』ご冗談を。と内心。

 

 

出来上がりを見ると

 

くったくたに煮たズッキーニが透明になり、カサもずいぶん減り、

しんなりしちゃって、お世辞にもおいしそうには見えない。

 

 

まさか、これだけですか???

 

まあにおいはなんとなくいい匂いではあった。

 

 

その間にもメインや前菜やパスタのソースなど

アンジェロは次々に仕上げていく。

 

そして夕食が始まった。

 

 

台所わきのテラスに長テーブルがあり、

宿泊のお客さんがそれぞれテーブルに着き、

 

テーブルワインを飲みながら食事が始まった。

 

みんな楽しそうだ。

 

 

私も皆に交じって、家族も一緒にお客さんと食事をする。

 

 

農家民宿の醍醐味は、

家族もお客さんも一緒にワイワイガヤガヤ夕食卓を囲むところ。

 

前菜はモッツラレッラにいちぢくを添えたシンプルなサラダに

自家製エキストラバージンをかけただけのもの、

 

パスタは海産物たっぷり入ったペスカトーレ、

海のそばの民宿は海産物が豊富で最高!!!

 

そして今日のメイン。

メイン料理には必ず野菜のつけ合わせ(コントルノ)を添える。

 

この日のメインはポークのロースト。

 

それに

例のズッキーニのくたくたに煮ただけのものを

深皿に山盛り盛り付け、持ってきた。

 

 

え~~まじですか!こんな貧乏くさい料理、

お客さんに出・す・わ・け!

 

と心中で叫んだ。

 

 

そして少なめに自分の皿にとりわけ食べて、

ごっくんした時の驚き!

 

 

それはそれは、もう言いようがなく美味なのだ!

 

アンジェロあの顔がやっとわかった。

『説明するほどではございませんが、とってもおいしいものができるよ』

 

ってことだったんだ!

 

 

私は納戸にいくつも運び込まれた巨大ズッキーニを思い浮かべ、

 

明日もこれつくってほしい!明後日も!

毎日でも食べたい!

 

と思わせるほどほっぺた落ちるほど

おいしい。

 

 

そして存在感のないはず、この世になくていいズッキーニが、

 

宝物に見えた瞬間だった。

 

 

 

次号に続く