車が出ると、
ほぼ、ぼぼ、暗くなっていた。
道はしばらくするとバイパスに入り、
猛スピードの車が行きかう中でおじいちゃんのフィアット・パンダが
ガタコトとゆっくり。
あの時はこわかった。
しばらくぶりに運転する車?
バイパスを降りるとガタボコ道、
車は半分ポンコツ?
運転するおじいちゃんはハンドルに極至近距離、前のめり。
ちょっと不安になるほど運転がおぼつかない。
大丈夫かいな~?
と思いながら
車の中では何もしゃべらず運転に集中してもらった。
15~20分ほど走っただろうか、
やっと目的地に着き、
車から降りた。
辺りは真っ暗で、
木が生い茂っているのはわかるが、
真っ暗で何も見えない。
街灯もない砂利道を歩くと家が見えた。
どうぞと、
おじいちゃんはゆっくりな足取りで家に促してくれた。
家に入ると薄暗いオレンジ色の明かりが灯っており、
家にはほかに誰もいなさそうだ。
椅子に座ると、
おじいちゃんが向かい側に座り、
ジョバンナから話は聞いているよ、
とナポリのオーガニックフェアで出会って
明日見学することになっていることはおじいちゃん、
ちゃんと把握していた。
しかしジョバンナさん家族は、出かけており
明日の朝には戻る予定というではないか。
ふむふむ、
そんなこともあるのかと、
おじいちゃんとしばらくおしゃべりした。
おじいちゃんの名はジュゼッペといい、
もの静かな、しかしおしゃべりは好き、というような
気さくな人柄だった。
そうこうしていると
おばあちゃんがやってきて、
またこのおばあちゃんも控えめで静かな口数の少ない人で、
挨拶だけ済ますと、夕飯の支度にまた引っ込んだ。
いや~
申し訳なくって、
図々しくってすみませんと、
わたしは何度も言ったが、
おじいちゃんは穏やかに笑みをたたえて、
心配しなくていいよ、と何度も言ってくれた。
わたしはまず自分の自己紹介をした。
離婚して親の住む地元に戻り
イタリア料理店でアルバイトをして料理の魅力にまた戻ってきた。
イタリアには料理の勉強できたが
オリーブオイルの魅力と業界の腐敗に奮起して
日本人に本当のおいしいオリーブオイルを伝える仕事をすると決めたんだと。
おじいちゃんは黙って静かにそれをきき、
わたしが話を終えると自分の身の上話を
わたしがしたように話し始めた。
「わたしは小学校しか出ていなんだよ」
から始まり、
小学校を出るとすぐに家の手伝いをさせられ
ずっと農業一筋できた。
もともとはオリーブとブドウの栽培をしており、
昔からこの地で二つの農産物を作り生計を立てていた。
ブドウはもちろんワイン用の黒ブドウを作っていたのだが、
天候による出来の差、
豊作時は驚くほとの安値でワイン醸造所に買い取られ
出来の悪い時も、ブドウの味がよくないからまた安値で、
と汗水たらして
手間をものすごくかけても
市場の評価は労働力には見合わない結果に、
そんなものかと思ってずっとやってきた、と。
自分も年を取りつつあり、息子のサルバトーレと話し合い
比較的市場価格の安定している
オリーブに全部転換したんだよと。
そして小学校しか出ていない自分はとても苦労をしたので
自分の子供にはそんなことはさせれないと
大学まで出すのにそれもとても苦労した、と
静かに穏やかに淡々と話すおじいちゃん。
オリーブに転換した時も
それはそれは大変な作業で、
身体にほんとうに負担をかけたとしみじみと語る。
この辺りのオリーブは
古代路ローマ時代から続くオリーブ産地で
ベネヴェントという古代都市の郊外という背景から
昔から栄えてはいるが
小作と地主の関係など、
日本の農地解放前の状況とほぼ同じな条件だ。
小作だったおいじいちゃんは
働いても働いても労働力に見合ったものが自分に返ってこない仕組み。
しかしそういう農業の不平等の時代が去り、
息子のサルバトーレがしっかり
受け継いでくれたので、
今は昔に比べ楽になったが
今度はオリーブオイルの販売をちゃんと整えていかないといけない、
いまそういう状況なのだよ、
と話してくれた。
わたしはおじいちゃん・ジュゼッペさんが
淡々と話してくれるその内容と
話し方、醸し出す雰囲気に
この人のつくったオリーブなら扱ってみたい!
とその時思った。
そうこうしているとジュゼッペおばあちゃんが
ご飯ができたわよ、
といい匂いが台所からしてくると共に
その話しているテーブルに料理を運んできた。
ここで食べるの?とちょっと驚いたが、
暗い応接間?のような居間で夕飯をごちそうになる。
料理はいろいろあったような気がするが、
一つだけ覚えている。
ウサギのトマトのオーブン焼き。
これがもう絶品で、
もちろん自家製のオイルがたっぷり入っているのだろう。
ちょうどいい味わいだ。
おいしいおいしいと、
おかわりを何度もしてワインもいただきながら
静かだがとても心にしみいる夜だった。
明日の朝はジュゼッペさんのオリーブ畑をみせてもらうけど
どんな畑なのだろう。
あのおじいちゃんが整えた畑だもんね、
きっと気持ちいいに違いない!
わたしは思いがけず人の家で寝ることになったそのベットで
様々なことを思いめぐらした。
このジュゼッペおじいちゃんとジュゼッピーナおばあちゃんの
つつましい生活とこれまでの苦労、
しっかり受け取ったような夜だった。
次回に続く