長い電車とバスを乗り継いで
さらに内陸に向かい車で数十分。
やっと目的地の農家民宿に着いた。
車から降りると
アンジェラはちょっと待ってと
家には入らず、
「こっちにいらっしゃい」と促され、
隣といってもずいぶん離れたお隣さんの家に連れて行かれた。
おじいさんとおばあさんが2人だけで住んでいる風で、
テーブルに置いてあるものや調度品から
そのつつましい暮らしぶりがうかがえた。
私を除いたシチリア人4名は
世間話で盛り上がっているが
シチリアなまりでわたしは全く会話の内容がわからない。
すっかり蚊帳の外の私は
おじいさんとおばあさんの家の中をあらためてまじまじとみた。
部屋の壁には
昔使っていたのかと思われる
鍵や鍬やらふるいやら、農業用品が飾ってある。
ふむふむ、インテリアにこういう装飾の仕方も有りか、
などと感心していると
アンジェラは「じゃそういうことで」と、
おじいさんとおばあさんに挨拶をして
「レイコしばらくここで待ってて」とアンジェラは言うと
出ていってしまった。
「は?なんで?」
「なんなのよ~~~!!!」
急に心配になるが
もうこんなイタリアの果てまで来てジタバタしようもなく
そのおじいさんとおばあさんはじっと私を見てしばらく何も言わない。
やっと
もう70歳はとうに過ぎてるだろうと思われるおばあさんが
やさしそうな目で
「〇〇を見る?」と
よく聞こえなかったのだが
部屋の片隅におばあさんは歩いていくと、
布で覆われた木箱のところで止まると
覆っている布はよく見ると毛布で、
おばあさんはそれをめくり中身を見せてくれた。
白っぽい大きな柔らかそうな塊があった。
おばあさんは
「一週間に一度はこうしてパンを焼くのよ~」と。
舟形の木おけの中には発酵中のパンがほどよく膨らんでいる。
おじいさんは何も言わず私とおばあさんをみて微笑んでいる。
「おいしそ~」と言うと
おじいさんはこっちに来いというジェスチャーをし
別の部屋に連れて行こうとする。
物置のようなところに連れられて
そこにある大きな箱の中を指して見てみろと。
中には茶色い米粒のようなものが一杯つまっている。
おじいさんは
なんたらかんたら言っているが、
聞き取れない。
シチリアなまりが強く、ただでさえイタリア語がおぼつかないのに
方言でしゃべられるとお手上げ!全くわからない。
「自分で作った小麦だよ」と言うのだけがわかった。
やさしそ~な顔で。
そうかそうか、私はうなずき
『あのパンはこの小麦で作ったの?』と聞くと
そうだよと、籾摺り、粉挽きやらなにやら一式を見せてくれる。
物置一杯に置かれたその機械一式は
一軒でこんな大掛かりなものを持っているものなのか?
イタリア語能力がなく
おじいさんにはその質問ができなかった。
小麦を栽培して、製粉して、パンを作ってって
自給自足じゃない!
私はパンのお蔭でその老夫婦と打ち解け
「シチリアって言えばマフィアですね」
「恐そ~~」
なんて来る前にちょっと想像したことを
おじいさんに聞いてみたら
近寄ってきたおばあさんが
「何言ってんのよ、日本にもYAKUZAがいるでしょう~」
YAKUZAはや〇ざだ!
「(私心の中で)え~や〇ざですか!」
「そのや〇ざはあんたの住んでる町にもいるのかい?(いないでしょと言うニュアンスで)」
「そういうのもいるにはいるがこんな片田舎にはいやしないよ~」
と笑いながら言う。
そうなの!と
よく考えれば
それもそうかと納得。
しかしそのおばあさんが、
しかもこんな果ての超田舎に住むおばあさんが
日本の「や〇ざ」を知っているのには驚いた。
(余談ですがもう一つ「ゲイシャ(芸者)」もイタリア人の誰もが知っている言葉)
そうこうすると農家民宿の夫婦が戻って来る。
「レイコ、さて行くわよ~」
おじいさんとおばあさんとみんなで記念撮影をして
さよなら。
私と夫婦とオリーブの畑の中を歩いて
やっと農家民宿に入る。
「さてさてレイコ~あなたは何をしたいの~」と
ソファでお茶をしながらアンジェラが切り出す。
私は「シチリア料理を学びたい!」とだけ答えると
アンジェラは任せときなさい!~という顔で
「わかったわ~毎日シチリア料理の献立を変えて料理するわね」と。
この言葉を聞いてパッと何しに来たか思い出した私。
ご近所さんのあの優しいおじいさんおばあさんもいることだし、
ここ農家民宿の奥さんアンジェラも料理に自信があるようだし
いいところに来たな~と。
「今夜から早速おいしいもの作るわよ~」とアンジェラ。
さてさてシチリア料理とはどんなものなのか。
まったく見当もつかない。
宿にはお客さんはもう来ないシーズンではあったが
「農作業や民宿内のオフシーズン中の清掃やら
あなたにはいろいろ手伝いをしてもらうわね」と
アンジェラは抜け目なくやることはやってもらうわよ
という顔で私に念を押す。
しかし新しい料理修業場所に本当に到着出来たこと、
そして
未知のシチリア料理が学べる期待に胸は膨らむのだった。
次号に続く