新たな出会い  ―イタリアウンブリアにて―

翌日は好天に恵まれ絶好の畑・視察日和。

いよいよメールをやり取りしていたバルバラとご対面だ。
どんな女の子だろう。

アントネッラ(母)は51歳ということなので
30歳代?もしかして20歳代?
いろいろ想像しながら寝床からでる。

起きて来たバルバラはこんな子でした
バルバラ

アントネッラはミラノ時代から幼稚園の先生をしており
朝は私が起きたときにはすでに出勤、
他のみんなもみな出払っており

私とバルバラで一緒に朝食をとる。

パンとお茶のみの簡単な朝食を用意してくれる。
パンには蜂蜜をどうぞと。

彼女はこれも自然栽培仲間の養蜂家のものよと。
白く固まった濃厚な蜂蜜。おいしい。

彼女の口から出る‘自然栽培‘と言う言葉に
いちいち私は反応する。
ワクワクドキドキなのだ。

まだ彼女の言う自然栽培がなんであるかが見えていない。
もしかして思いっきり、外れているかもしれない。
形だけ、もしくは有機栽培のことを言っているのかもしれない。

私たちはまず昨日アントネッラに話したように自分の経験を話す。

そして彼女に

どうしてミラノから移り住んできたか、自然栽培をはじめた理由を
私が食いつくように聞いた。

12年前母が先にこの地に来たときは彼女はミラノでOLをしながら一人暮らしをしており
母が田舎暮らしをと言い出したときは

まったく自分の想像外の母の決意に、自分は蚊帳の外だったそうだ。

母だけ行ってしまい自分は妹とともに居残る。
しかし三年五年が過ぎ、たまに行くウンブリアでの母の生き生きとした姿、
自然の中で過ごす居心地のよさを少しずつ実感していく。

そんな環境からもミラノに帰ると次第に限界を感じるようになる。
もともとはミラノの生まれでミラノ育ちであるにもかかわらず
ウンブリアの田舎とのギャップに気がつき始める。

ここは自分のいるべきところではない!

会社に通う地下鉄に乗っている人々の顔は
みな死んだように疲れている、そして悲しげ。

このような中で生活すること、ウンブリアの大自然の魅力にだんだん引き込まれていく彼女。

そして5年前、移住することを決意する。
決意するとともに農業について興味がではじめ
いろいろと自分なりに勉強したそうだ。

そしてある人物に出会う。
福岡正信から直接自然農法を学んだイタリア人のある人物。

彼との出会いで自然農法の世界に入っていく。

福岡正信さんは四国で自然農法を実践した人で世界にも広がりインターナショナルな日本人だ。
(詳しくはこちら)

肥料を入れず農薬も使わず自然の力のみで植物の成長を促す。

彼女はその人物からこれを学び
母のアントネッラがほぼ、ほったらかし農法で維持していたオリーブ畑で

いろいろなことをチャレンジしていく。

またパーマカルチャー(持続可能な農業を軸としたライフスタイル)
詳しくはこちら

も実験しているという。

ほうほうほう、と私はうなずきながら
私の自然栽培の経験も話す。

弘前のりんご農家、木村秋則さんの無農薬りんごを完成するまで、
日本の農業の現状、日本の食の現状、
これらの影響から自分も自然栽培のオリーブ生産者を探すようになる、
しかし誰もいないので自分でイタリアで始めてしまった話・・・・etc…

彼女も目を輝かせて聞く。

福岡正信さんが実行していた自然農法のデメリットを
木村さんは解決している、
より確実で生産性がありまさに持続可能なこれからの農業であると。

彼女の今までの経験と実践、
そして私の今までの有機栽培の経験やイタリアでの自然栽培のオリーブ畑について

これから彼女とこの家族とドッチボールができそうな予感。

長い朝食を終えるとさっそく外に出て畑を視察に回る。

どんなオリーブ畑なのか私はもうワクワクではちきれそうになった。