誕生日とは?
今月は私の誕生月です。62歳になります。(きゃ~)。
祝ってくださいというお願いではありません。むしろ逆です。
日本では、誕生日というと家族や友人や仲間とお祝い会をしたり、
お祝い会はしないまでも家族がケーキを用意してくれていたりと、
そんな誕生日のシーンでしょうか。
誕生日を迎える人がお祝いされる側。
プレゼントやご馳走を頂く側ですよね。
私はイタリアに住んでいた30年前、誕生日の概念が全く逆なので驚きました。
というのも、誕生日は主役が人々を招待し食事をふるまいます。
当時から誕生日はレストランですることが殆どで、大勢でおいしい料理を囲む会。
主役を囲みにぎやかな会になるのが普通です。
驚いたのはレストランの支払いです。
主役の本人がしていました。
今日まで健康で平穏に過ごせたことへの周りへのお礼を込めてのお祝いだと聞きました。
つい最近、ラジオを聞いていたらパーソナリティ当人がその日49歳の誕生日でした。
この日を迎えるにあたり家族や周りに生かされているのを感じずにはいられない、と語っていました。
前述のイタリアの誕生会の意味に更に深い意味合いを込めて“自分が今あるのは周りの人々のお陰。だから周りに感謝を伝える日にする、と語っていました。
私もこのラジオを聞き誕生日はイタリア式祝をイメージし感謝の日にしようと思います。
私を生んでくれた母、父、兄妹他家族関連、そして友人たち。
いつもそばに寄り添ってくれる人々。スタッフ、そしていつも応援してくれるお客様、その他の関係者全員にその日は手を合わせ(笑←ほんとに!)
その日の朝目覚めたらみんなの顔を思い浮かべ『ありがとう』と感謝の意を捧げるつもりです。
そのラジオのパーソナリティはある僧侶から聞いた話もしていました。
『人はたいてい一つのことをコツコツ続けていると必ず結果が出てくる。
10年続けるとスキルも上がり上達する。
そして誰からも認められるようになり、たいていは傲慢が出てくる。
傲慢があると必ずつまずく。大きな失敗をしてその傲慢をへし折られる事象が現れる。
更に20年続くと人脈も広がり知恵もつき、経験則から物事を考えるようになり自分の力以外で乗り切る術を知るようになり世渡り上手的になっていく。
そして30年。
30年経つと人は自分の弱さに気づく。
その時初めて自分は“生かされている”多くの人の手助けの中でここまで来れたことに気づく』と。
私は62歳ですが、36歳で起業しオリーブオイルの輸入を始め今年で26年になりあともう数年で30年を迎えます。
30年を前にいま、そして62年生きてきてこの僧侶の話に非常に共感ができます。
誕生日とはそれを思い出し、これまで関わってきた人や事柄に感謝する日なのだ、と半世紀以上生きてきたからこそ、このラジオの話が身に染みました。
人は自分だけで生きることは不可能です。
いい時ばかりではなくそうでない時の事象や人との関わりで今の自分があります。私も今まで周りに生かされてきた―――。
今は本当にそう思うことが出来ます。
それら多くの事象や人々、一つ一つは人生という大きな一つのジグソーパズルの1ピースとして、一つも無駄はない、と言い切れます。
誕生日を迎え関わってきたみなさん、そして事象すべてに感謝、心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします! (れ)