★通信9月号更新

2022年9月号通信

コラム内容

人生は「今ここの連続」~富士山登山を終えて

一生に一度は登ってみたいと漠然と思っていた富士山。二〇代最後に縄文杉を見に屋久島登山をした以来、この六月に三〇年ぶりに初心者向けの田代山(南会津)に行き登山熱に火が付きました。田代山を一緒に上った友人と二人で登り無事ご来光を拝み、更に火口お鉢巡りをし(火口縁をぐるっと回る)そして頂上・剣ヶ峰3776m地点まで到達、そして下山と自力で完歩することが出来ました。気軽に考えていましたが、出発の直前、急に不安になり一泊する宿・八合目までは五時間もかかると知るやビビりました。毎日自宅と倉庫の往復に車、ちょっとその辺に行くにも自転車。以前より更に歩くということをしていませんでした。そのような体たらくの中、体力、足腰は持つか?不安一杯になりましたがやめる選択肢はなく考えないようにし、当日朝がやってきました。

 「登山って私にもできる?」私の問いに登山ベテランの知人曰く『レイコさん、基本歩くだけだから』に、私は単純なので勢いで装備も揃え最初の田代山に臨み味をしめました。自然の美しさ、高い高度から見る雄大な自然、沢の水のうまさ、山頂で食べる昼食の美味しさ。これらは味わってみないとわからない境地です。しかし富士山は全くそれとは別次元でした。五合目から出発し七合目以上になると植物が全くありません。火山なので溶岩石や岩がゴロゴロ。不毛の大地をひたすら歩くのです。そして上りの傾斜は厳しく、しかも十キロ近い雨具や携帯食、水の入ったリュックを担いでいます。平坦な道と上り坂の違いがこんなにもあるのかともう六合目辺りから限界感です。更に上りは五万歩と聞き途方に暮れました。それを聞いて山頂まで到達できるか?の欲を全部捨て、足を一歩前に出すことだけに集中しました。目は足元に、見えるのは私の足と大地(山頂付近は岩)だけです。スマホで写真を撮る余裕すらありません。足を前に出すだけで他のことは一切考えられません。平坦な坂道から岩肌などがあり変化するとペースが崩れさらに身体がきつく感じられます。三十分に一度は休憩するのですが、その休憩のありがたかったこと!そして登山前に教えてもらった高山病にならない注意①急がない②こまめな水分補給③呼吸(吸う事より吐くことが大事)の呼吸をゆっくり大きく吐き、きちんと肺に息が入るようにも集中しました。一歩の前進と、息をしっかり吐く。これが全てでした。。

 しばらくすると頭は空になり瞑想状態に入ります。そしてこの苦しい上り(下りも!)は人生そのものではないか、と途中思い当たるようになります。平坦な道ばかりではない毎日の生活。急な坂、岩は辛い。人生は平穏ばかりではなく問題があったり喜びもあったり。また吐かないと肺に空気が入らない呼吸は、手放さないと新しいものが入らないと言うことに通じ、ゆっくり急がずは、急いでいいことはほとんどない。適度な休憩は心と頭が切り替わり、そしておやつや水を飲むことで気分は切り替わりエネルギー補給出来体が休まる、リフレッシュできる。休むからこそ鋭気が戻ってきます。休むということがとても大事なんだとすごく実感できました。ずっと働き詰め、同じことの繰り返しでは身体は休まらず心も頭も切り替わらない。新しい発想にも行きつかない。そして一歩一歩歩くこと、それは地道に継続することの大事さ、一歩一歩の積み重ねこそが山頂に到着し、無事に下山できたことの源です。今ここの一歩が今の全て、そしてその連続が生きることだという事に思い至りました。。

 そしてこの登山で学んだことのもう一つ重要なこと。自分の才能や素養を十二分に引き出すには?言い換えると人の素養を十分に引き出すには?それはどう導かれるか、によるのだと思いました。それはどんな人と出会うか、が鍵ではないでしょうか。六合目で私はもう限界を感じたのですが、一緒に登った彼女のその時その時に一番相応しい言葉のお陰で次のステップに行け完歩出来ました。山あり谷ありの過酷な条件の行程と私の精神状態を把握し的確な言葉で私のメンタルをコントロールし、私を山頂まで導き、下山させてくれました。言葉の力のすごさと判断力、これは自身の経験と想像力、そして思いやりの賜物です。リーダーシップとは?人を生かすには?を学ぶことが出来ました。(言い換えると私はすっかり彼女に騙されました!最初から!)ブログで更に詳しく画像入り(もちろん彼女が撮影したもの)付きで時間が出来たらご紹介する予定です。是非そちらもご覧ください。富士登山は私の今年のメインイベントになりました。そして、富士山そのものからも目に見えない大きなプレゼントをもらえたような気がします。また登りたい!(れ)

(記録)

歩いた総距離(五合目吉田口より)14.9km

歩いた総時間:13時間51分(内総休憩時間4時間)