想定外の命令

賄後の休憩が終わると、

 

 

またレストランへの道をとぼとぼと歩く。

 

たかだか10分足らずの道のりが、

ものすごく長く感じる。

 

 

働けるようになった嬉しさはあったが、

次は何をするんだろう、

いや、次は何が出来るのだろう、と

 

コックではない自分ができることは

限られている!と思いながら

 

 

焦燥感ばかりが私を襲う。

 

何て大それたことをしてしまったんだろう。

三ツ星レストランの厨房に入るって。

 

 

アドレナリンは出まくりで興奮状態だった。

 

 

初日のランチの部は全く覚えていないが、

 

夜のことは30年以上たった今も

 

 

よ~く覚えている。

忘れることなんてできない!

 

 

 

レストランは、

お客さんが来る前は、

 

いわゆる『仕込み』の時間だ。

 

 

仕込みとは、

皿に盛るための『料理』として完成させるため、

 

色々な食材のパーツ一つ一つを丁寧に調理し、

ものによっては味付けをして保存しておく。

 

野菜の洗いや、洗った後の皮むき、そしてカット、

加熱、味付け、

 

皿に盛る、

直前までの準備をしておくことを言う。

 

 

ステンの専用容器に入れて注文が来るまで

冷蔵庫の中にしまっておく。

 

肉や魚やパスタも、焼いたり煮たりゆでたりする直前までをやっておく。

 

あしらうハーブや飾りつけなども

すべてあらかじめ丁寧に準備する。

 

 

そうすることで、

 

お客様に長時間待たせることなく最短で

料理を提供することが出来る。

 

 

『仕込み』は、

 

レストランの要なのだ。

 

 

初日の夕方の部、

 

身支度を整え厨房に向かうと、

 

シェフはもういた💦

 

 

シェフって

 

後から

堂々とお出ましになるんじゃないの?

 

と勝手に想像していたら、

 

 

何かすでにやっている。

手元を見ると小さな何かをくるくると巻いている。

 

 

私を見つけると、

ニコッと笑い、手招きする。

 

ちょっと来てみろと。

 

 

そうして

わたしに、輪切りにスライスしたズッキーニと

白い物体を見せて、

 

 

「今夜の○○○だから、それ、お前の担当」

 

 

っていきなりいう。

 

私「担当?」

 「は~~~ぁ?」

 

 

いったい何言ってんだこのオトコ。

 

 

 

○○○が聞きとれない。

 

Stuzzichini(ストゥツィキーニ)舌噛みそうな音だ。

なにそれ?

 

っていう間もなく、

 

シェフ「よく見てろよ」

 

こうやるんだと、

 

「ズッキーニを輪切りにスライサーでスライスし」

「この機械で(ボイルした)エビをすり身にし」

「塩とオイルとドラゴンチェッロ(ハーブ)を加えて味付けし」

「こうやってラップを広げ」

「ズッキーニを鱗のようにラップに縦長に広げ」

「エビのすり身をズッキーニに載せて広げ」

「更に芯に〇〇を入れ、日本の海苔巻きのように巻け」

#〇〇の芯が何だったか、それは思い出せない

 

って、早口で説明する。

えびをミンチにするフードプロセッサも見たことのない形状だ。

 

 

私「え、えええーーーーー」

 「なに~~~~    」

 

 

そんな高度なこと、いきなりやるんですかわたしが?

 

って心の中で叫ぶが、声に出ない。

 

 

シェフは、やって見せながら、

あっという間にそれをつくる。

 

 

そして10cmlぐらいになったズッキーニの巻き巻きを

体裁よく3つぐらいにカットし、

 

 

白いジノリの皿にのせる。

 

そしてオーリオ(オリーブオイル)をかけて出来上がり。

 

 

と、

それはそれはかわいらしい。

(このシェフの顔に似合わず)

 

 

その舌噛みそうな前菜の手前に出すべく料理を、

私の前へ差し出す。

 

「じゃ、よろしく、今日のストゥツィキーニだから」

 

と言って去って行った。

 

 

 

え~~~~~~

それ、私がやるんですかああああああああああ

 

いきなり初日に!!!

 

 

とんでもない命令だ!

 

 

 

それは前菜の前に出される

小つまみ。

 

 

今夜ここで夕食を食べるすべての人に

提供されるものだと知ったのは、

 

 

そのあとだった。

 

 

次号に続く